カテゴリー:京都東山
地主神社
地主神社(じしゅじんじゃ) 2008年05月16日訪問 地主神社 本堂 清水寺の本堂の北側にこんもりした丘のような高台がある。頂部はそれ程広くないものの、清水寺の敷地全体の中でも重要な場所であることが分かる。この場所に […]
清水寺
北法相宗総本山 音羽山 清水寺(きよみずでら) 2008年05月16日訪問 清水寺 子安塔から眺めた本堂 7日目は東山を廻ることとしている。最初に清水寺に入り、ここから産寧坂・二年坂を歩き、建仁寺、高台寺、そして円山公 […]
佳水園 その4
本稿は2008年5月12日にウェスティン都ホテル京都の数寄屋風別館「佳水園」へ宿泊した際の記録、第4回です。今回は、村野藤吾が設計した客室「雪の三」の内部構成と、ホテルと旅館の境界線上にある独特のサービス形態について考察しています。廊下のアルコーブに茶室の露地の感覚を見出し、限られた空間の中に開き戸、引き戸、襖を巧みに配置した村野建築のディテールを詳述。シンプルながらも計算し尽くされた障子の桟の意匠や、村野自身がデザインした照明器具など、機能性と数寄の美意識が共存する宿泊体験を格調高く綴っています。
佳水園 その3
本稿は2008年5月12日にウェスティン都ホテル京都(佳水園)を訪問した際の記録の第3回です。今回は建築そのものから視点を広げ、明治期における京都のホテル黎明期の歴史を紐解いています。油商・西村仁兵衛による「吉水園」の開業から「都ホテル」への発展、そして競合した「也阿弥ホテル」や「常盤ホテル(現・京都ホテルオークラ)」との熾烈な再編劇について詳述しています。大津事件や勧業場の払い下げといった歴史的事件を交えながら、蹴上の地に都ホテルが京都を代表する格式ある宿泊施設として確立されていく過程を格調高く綴っています。
佳水園 その2
本稿は2008年5月12日にウェスティン都ホテル京都の「佳水園」を再訪・考察した記録の続編です。七代目小川治兵衛の長男であり、夭折の天才と謳われた小川白楊(保太郎)の遺作「自然岩盤を活かした枯滝組」と、それを批評的に継承した建築家・村野藤吾による「白砂の庭」の対比を主軸に据えています。かつての総理大臣・清浦奎吾の別荘「喜寿庵」からホテルへと受け継がれた歴史的背景を紐解きながら、醍醐寺三宝院に着想を得た瓢箪模様のモダンな意匠や、父・治兵衛の遺作「葵殿庭園」との因縁深い繋がりについて、建築と造園の交差点から格調高く考察しています。
佳水園
本稿は2008年5月12日にウェスティン都ホテル京都の「佳水園」を訪問した時の訪問記です。戦後日本を代表する建築家・村野藤吾の建築哲学を、彼の経歴や「現在主義(プレゼンティスト)」という独自の思想から紐解いています。東山・華頂山の複雑な傾斜地に建つ佳水園において、小川白楊が手がけた野趣溢れる岩盤の庭と、村野が醍醐寺三宝院に着想を得て設計した白砂の庭が見事に調和する様を描き、商業建築の枠を超えた名建築の真髄を格調高く考察しています。
洛翠
本稿は2008年5月12日に、南禅寺界隈別荘群の一つである「洛翠(らくすい)」を訪問した際の記録です。明治42年(1909)、藤田財閥の藤田小太郎邸として名匠・七代目小川治兵衛により作庭されたこの庭園は、施主が手がけた琵琶湖の航路事業を象徴するかのように、池全体を「琵琶湖」に見立てた独創的な構成を持っています。伏見城の遺構と伝わる「不明門」や中国伝来の「画仙堂」など、歴史的建築物が点在する中、琵琶湖疏水を引き込んだ躍動感あふれる水系が庭を貫きます。訪問直後の2009年に保養施設としての役目を終え閉鎖された、近代京都庭園の貴重な一場面を記した記録です。
瓢亭
本稿は2008年5月12日に、京都を代表する料亭の一つである南禅寺「瓢亭(ひょうてい)」を訪問した際の記録です。江戸初期に南禅寺参道の腰掛茶屋として創業し、400年の歴史を紡いできた同店の成り立ちを辿ります。名所図会にも記された名物「瓢亭玉子」の由来や、わらじが掛けられた風情ある店構え、無鄰菴から引き込まれた琵琶湖疏水が流れる庭園など、門前茶屋から発展した独自の様式美を詳述しました。伝統を守りつつ、旦那衆の遊び心から生まれた「朝がゆ」など、京都の食文化の一翼を担う名店の魅力を記した記録です。
無鄰菴
本稿は2008年5月12日に、明治の元老・山縣有朋の別邸である無鄰菴を訪問した際の記録です。長州藩の低い身分から軍、政の頂点へと登り詰め、日本近現代史に巨大な足跡を遺した山縣の生涯と、その「普請道楽」としての文化的側面を重ね合わせて考察しています。南禅寺の旧寺領に、琵琶湖疏水の水を引き込んで造られたこの庭園は、施主である山縣自身の設計思想を、名匠・小川治兵衛が具現化した近代日本庭園の傑作です。東山を借景とした開放的な芝生の空間や、日露戦争前夜の外交方針を決定した「無鄰菴会議」の舞台である洋館など、歴史の転換点となった場所の風情を記した記録です。
南禅寺 塔頭
本稿は2008年5月12日に南禅寺を訪問した際、境内に点在する塔頭(たっちゅう)寺院を巡った記録をまとめたものです。南禅寺には、亀山法皇の離宮跡に建つ別格扱いの「南禅院」を含め、実質的に13の塔頭が存在します。江戸幕府の要職を担った以心崇伝ゆかりの「金地院」、細川幽斎が再興し長谷川等伯の襖絵を伝える「天授庵」、名物湯豆腐のルーツに繋がる「聴松院」、さらには怨霊伝説の残る「最勝院(高徳庵)」など、各寺院が持つ由緒、名園、そして足利将軍家や皇室との深い関わりを、古図面(都林泉名勝図会等)と照らし合わせながら包括的に解説しています。


