徘徊の旅の中で巡り合った名所や史跡などの「場所」を文書と写真と地図を使って保存するブログ

カテゴリー:京都洛東

瑞泉寺

 

浄土宗西山禅林寺派 瑞泉寺(ずいせんじ) 2008/05/15訪問 瑞泉寺 秀次の墓所  三条通から木屋町通に入った所に瑞泉寺がある。木屋町三条の歓楽街の真ん中にある寺院であるが、境内は嘘の様に静寂である。 瑞泉寺 関白 […]

 

高瀬川

 

高瀬川(たかせがわ) 2008/05/15訪問 高瀬川 一之舟入  高瀬川は慶長19年(1614)に、京都の中心部と伏見を結ぶために角倉了以・素庵父子が開削した運河である。高瀬川の名前は、輸送に使われた平底の舟を高瀬舟と […]

 

原了郭

 

原了郭(はらりょうかく) 2008/05/15訪問 原了郭 既に店を閉めた後 2008年5月12日撮影  四条大橋を渡り、八坂神社に向う四条通の北側、有名な一力茶屋の斜め向かいに原了郭の店舗がある。それほど間口の広くない […]

 

祇園・先斗町の町並み

 

本稿は2008年5月12日の夜、京都を代表する花街である先斗町と祇園を散策した際の記録です。鴨川の護岸工事から始まった先斗町の成り立ちや、その独特な地名の由来(ポルトガル語説や鼓の音説)について触れつつ、石畳の細い路地にひしめく料亭や茶屋の風情を描写しています。また、八坂神社の門前町として栄えた祇園の歴史的背景や、伝統的建造物群保存地区としての景観保全についても言及。深夜の散策の締めくくりに、京都で希少な「四つ葉のタクシー」に遭遇するという幸運なエピソードを添えた、情緒豊かな紀行文です。

 

平安神宮神苑

 

本稿は2008年5月12日に平安神宮神苑を訪問した時の訪問記です。明治から昭和にかけて作庭された一万坪に及ぶ広大な池泉回遊式庭園の構成を、南・西・中・東の四神の名を冠した各庭ごとに詳述しています。名造園家・七代目小川治兵衛(植治)の手による明治・大正期の作庭と、後年に追加された南神苑の歴史的背景を対比させつつ、琵琶湖疏水を引き込んだ水の流れや、豊臣秀吉ゆかりの遺構を用いた臥龍橋の意匠など、近代京都の美意識が凝縮された庭園の魅力を紀行文として格調高く考察しています。

 

平安神宮

 

本稿は2008年5月12日、京都市左京区に鎮座する「平安神宮(へいあんじんぐう)」を訪れた際の記録です。明治28年(1895)、平安遷都1100年を記念して創建された同神宮の歴史的背景を詳述。明治維新後の京都の衰退を打破しようとした地元の情熱や、建築史家・伊東忠太と宮廷建築家・木子清敬による設計の舞台裏に迫ります。平安京の朝堂院を約8分の5スケールで復元した「大極殿」や、独特な楼閣建築である「蒼龍楼」「白虎楼」の復元を巡る考証、そして時代祭の運営に至るまで、近代京都の再生を象徴する壮大なプロジェクトの全容を考察しています。

 

満願寺

 

本稿は2008年5月12日に、京都市左京区にある日蓮宗「満願寺(まんがんじ)」を訪問した際の記録です。現在は閑静な住宅街に佇む同寺ですが、その由緒は平安時代に菅原道真の霊夢を見た多治比文子(たじひのあやこ)にまで遡り、北野天満宮の創建に関わる「文子天神」を鎮守として祀っています。また、境内には法勝寺執行・俊寛僧都の住居跡と伝わる「閼伽井(あかい)」があり、平安後期の悲劇的な歴史を今に伝えています。江戸時代に日蓮宗へと改宗し、洛陽十二支妙見巡りの一つ(辰の方位)としても信仰を集めるなど、天神信仰、法勝寺の遺構、妙見信仰という重層的な歴史が交差する境内の様子を記した記録です。

 

白河院

 

本稿は2008年5月12日に、京都市左京区の「白河院(しらかわいん)」を訪問した際の記録です。この地は平安時代、藤原良房の別荘「白河殿」から始まり、後に白河天皇に献上されて院政の舞台、さらには巨大な九重塔を誇った「法勝寺」の寺域となった歴史的重層性を持つ場所です。現在の建物と庭園は、大正8年(1919)に下村忠兵衛の邸宅として、武田五一の設計、七代目小川治兵衛(植治)の作庭により再興されたものです。私立学校教職員共済組合の宿泊施設となった現代において、往時の院政期への追憶と、植治による近代名園の成熟した姿を、歴史的背景を交えて記した記録です。

 
 

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