徘徊の旅の中で巡り合った名所や史跡などの「場所」を文書と写真と地図を使って保存するブログ

長建寺



真言宗醍醐派 辨財天長建寺(べんざいてんちょうけんじ)  2008/05/10訪問

Overview

This article documents a visit to Benzaiten Choken-ji Temple on May 10, 2008. Located along the Horigawa Canal in Fushimi, the temple is instantly recognizable by its vibrant red “Ryugumon” (Dragon Palace-style) gate. Founded in 1699 by the Fushimi Magistrate during the development of Chushojima, the temple enshrines Benzaiten, a deity derived from the Hindu goddess Sarasvati. The report explores how the temple served as a spiritual guardian for the bustling river transport industry and the surrounding entertainment district (yukaku). Capturing a unique moment where visitors dressed as Shinsengumi warriors and courtesans were seen on the grounds, the narrative reflects on Choken-ji’s enduring role as a vessel for Fushimi’s colorful and spiritual heritage.

概要

本稿は2008年05月10日に、伏見・中書島の地に鎮座する「辨財天長建寺」を訪問した際の記録です。濠川沿いに鮮やかな朱塗りの竜宮門を構えるこの寺院は、元禄12年(1699年)に伏見奉行・建部内匠頭(たけべたくみのかみ)によって創建されました。本尊の八臂辨財天(はっぴべんざいてん)を中心に、ヒンドゥー教の女神サラスヴァティーに遡る弁才天信仰の歴史や、神仏習合の変遷を紐解きます。かつて高瀬川の水運で賑わい、遊郭街として栄えた中書島の守護神としての役割や、現代の境内で遭遇した新選組や花魁姿の参拝客が醸し出す、伏見特有の歴史的な空間美を詳細に記述しております。

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長建寺 鮮やかな朱の竜宮門

 月桂冠大蔵記念館から南に下ると濠川に当たる。弁天橋を渡ると右手側に赤い土塀と竜宮門が見える。これが長建寺の山門。真言宗醍醐派に属する寺で、本尊は八臂辨財天。

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長建寺 境内はそれほど広くない
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長建寺 護摩の跡

 弁財天というと関東では江ノ島神社を思い出すが、もともと弁才天は仏教の守護神である天部の1つであるが、ヒンドゥー教の女神サラスヴァティー(Sarasvatī)が仏教あるいは神道に取り込まれた時の呼び名である。日本では「才」が「財」の音に通じることから財宝神としての性格も付与され、弁財天と表記する場合が多い。また弁天とも呼ばれ、弁才天を本尊とする堂宇は、弁天堂、弁天社などと称される。
 弁才天信仰はすでに奈良時代に始まるが、中世以降神道と日本土着の水神である市杵島姫命や宇賀神などと習合して、神社の祭神として祀られることが多くなった。そして近世になると七福神の1つとして祀られるようになる。もともとサラスヴァティーは水と豊穣の女神とされていることから、日本でも水辺、島、池などに祀られることが多い。
 慶長19年(1614)に高瀬川開削工事が終わり、伏見から京都の間に高瀬舟による舟運が行われるようになった。寛文年間(1661~1672)には伏見と大坂を航行する過書船、伏見と京都を行き来する高瀬舟の中継地として、寺田屋のある南浜付近が繁栄することとなった。このような状況下で伏見奉行の建部内匠頭が、伏見城築城のころに脇坂中務少輔安治の屋敷があった中書島の開発に着手した。そして元禄12年(1699)に深草大亀谷の即成就院から塔頭の多聞院を移して長建寺を創建した。そして中書島は遊郭などが建ち並び伏見の歓楽街となる。
 このような背景で長建寺は舟運の守護神として、また遊郭の遊女の技芸上達の神として信仰を集めた。弁財天の元となるサラスヴァティーは、芸術、学問などの知を司る神でもある。伏見の人々より“島の弁天さん”として親しまれてきた。

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長建寺 中書島駅前の道標

 境内で男性1人女性2人組みと出会った。女性は和服姿に見えたので何か特別なお参りかなと思ったが、男性の装束は、一見して幕末を駆けた新選組隊士の姿を想起させるものであった。今一度女性をよく見ると、こちらは花魁姿。何か変な組み合わせではあるが、滅多に目にかかれぬ光景に遭遇した驚きと、この地がかつて華やかな遊郭街であった記憶を呼び覚まされた悦びが同時に込み上げた。

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長建寺 珍客と遭遇

「長建寺」 の地図





長建寺 のMarker List

No.名称所在地緯度経度
 長建寺 京都市伏見区東柳町51134.9283 135.7608
01   中書島 長建寺道標 34.9269 135.7598
    

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