カテゴリー:京都伏見
伏見義民の碑
伏見義民の碑(ふしみぎみんのひ) 2009年1月11日訪問 伏見義民の碑 御香宮神社の表門を入った左手には伏見義民の碑が建つ。伏見義民については、大黒寺の項で、木曽川治水工事の責任をとって自害した薩摩藩家老・平田靭負、 […]
御香宮神社庭園 その2
御香宮神社庭園(ごこうのみやじんじゃていえん)その2 2009年1月11日訪問 御香宮神社庭園 前回の訪問は小雨降る夕方だったため、御香宮神社の広い境内のどこに庭園があるか分からず、境内を探したことを思い出す。今回は拝 […]
御香宮神社 その3
御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)その3 2009年1月11日訪問 御香宮神社 明治維新伏見の戦跡の碑 前項で御香宮神社と徳川家の関係を記してきた。徳川家康が伏見城の再建に着手すると、豊臣秀吉により深草大亀谷古御香町に […]
御香宮神社 その2
御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)その2 2009年1月11日訪問 御香宮神社 表門 伏見奉行所跡から、やや上り勾配の道を進むと大手筋通に出る。右手前方に御香宮神社の石垣と築地塀が見える。石垣の高さは大手筋通の上り勾配 […]
伏見の町並み その2
伏見の町並み(ふしみのまちなみ)その2 2009年1月11日訪問 伏見の町並み 魚屋通の交差点から伏見奉行所跡を眺める 桃山へと続く左手側に上っていく 旧幕府軍の伏見奉行所跡から、新政府軍の本営である御香宮神社に向かう […]
伏見奉行所跡 その2
伏見奉行所跡(ふしみぶぎょうしょあと)その2 2009年1月11日訪問 伏見奉行所跡 京町通の魚三楼の前を過ぎ、さらに南に進むと、東西に走る魚屋通に出会う。ここで左に折れ、近鉄京都線の高架の下を潜ると目の前に大きな団地 […]
魚三楼 その2
魚三楼(うおさぶろう)その2 2009年1月11日訪問 魚三楼 南側から眺める¶左の建物は比較的新しい 右の建物の暖簾の右側の窓格子に銃痕が見られる 東福寺駅前にある仲恭天皇九条陵・崇徳天皇中宮皇嘉門院月輪南陵参道の道 […]
墨染の町並み
本稿は2008年5月11日に墨染の町並みを訪問した時の訪問記です。京阪電鉄墨染駅から伏見街道へと歩を進め、新選組局長・近藤勇が狙撃された幕末の動乱の跡を辿ります。伊東甲子太郎暗殺に端を発する復讐劇の舞台を、当時の志士たちの証言や地理的条件から検証し、諸説ある襲撃地点の謎に迫ります。さらに、2026年現在の視点を加え、建立された碑文の内容や薩摩藩邸からの距離、襲撃側の動線から事件の偶発性と緊迫感を考察した記録です。
藤森神社
本稿は2008年5月11日に藤森神社を訪問した時の訪問記です。醍醐寺を後にし、伏見の地に鎮座する古社を訪ねました。神功皇后による創建伝承に始まり、歴史の荒波の中で合祀を繰り返してきた同社の複雑な変遷を辿ります。特に、伏見稲荷大社との間に伝わる「土地貸し」の伝承や、西殿に祀られた早良親王ら怨霊信仰の側面、さらには現存最古の賢所遺構である本殿の価値に触れ、勝運と学問の神として崇敬される由緒を記しています。
大黒寺
本稿は2008年05月10日に、「薩摩寺」の通称で知られる真言宗東寺派の「大黒寺(だいこくじ)」を訪問した際の記録です。島津家の祈願所として深い縁を持つこの寺院には、歴史の荒波に翻弄されながらも己の信念や「義」に殉じた人々が静かに眠っています。宝暦治水事件で多大な犠牲を出し責任を取った家老・平田靭負、伏見奉行の悪政を命懸けで直訴した「伏見義民」の七人、そして幕末の動乱期に寺田屋事件で命を落とした薩摩九烈士。一見静かな境内が、いかに重層的な歴史の悲劇と、それを語り継ごうとする人々の記憶を内包しているか、その精神的背景を格調高く記述しております。


