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本稿は2008年05月11日に、京都と大阪を結ぶ水陸の要衝に築かれた「淀城(よどじょう)」を訪問した際の記録です。茶々(淀殿)ゆかりの室町・桃山期の「淀古城」と、徳川幕府が伏見城の廃城に伴い西国支配の拠点として築いた江戸期の「淀城」という二つの歴史的層を対比させています。特に、慶応4年(1868年)の鳥羽・伏見の戦いにおいて、幕府の重職を務めた稲葉氏の淀藩が新政府軍に恭順し、敗走する幕府軍に対して城門を閉ざした「歴史的拒絶」の瞬間と、その責任を取って自刃した田邊治之助の悲劇に焦点を当てています。朝鮮通信使の船着場「唐人雁木」の記憶や、廃城後の変遷を含め、時代の転換点としての淀城の役割を詳細に記述しております。
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