徘徊の旅の中で巡り合った名所や史跡などの「場所」を文書と写真と地図を使って保存するブログ

タグ:神社

粟田神社

 

粟田神社(あわたじんじゃ) 2008年05月16日訪問 粟田神社 鳥居には旧社名の感神院新宮の額がかかる  青蓮院の長屋門と楠を見ながら、再び神宮道を北に向かう。三条通に出る手前を東に入り、京都市立白川小学校を過ぎると三 […]

 

地主神社

 

地主神社(じしゅじんじゃ) 2008年05月16日訪問 地主神社 本堂  清水寺の本堂の北側にこんもりした丘のような高台がある。頂部はそれ程広くないものの、清水寺の敷地全体の中でも重要な場所であることが分かる。この場所に […]

 

北野天満宮

 

本稿は2008年5月14日、学問の神様として知られる京都「北野天満宮」を訪れた際の記録です。平安時代の貴族・菅原道真の生い立ちから、藤原北家との権力闘争、大宰府への左遷、そして死後の怨霊信仰に至るまでの歴史を詳細に紐解いています。「阿衡(あこう)の紛議」や「昌泰(しょうたい)の変」といった政治的背景を解説しつつ、清涼殿落雷事件を経て道真が雷神と結びつき、やがて天神様として祀られるまでの経緯を詳述。建築面では、慶長12年(1607)造営の国宝社殿に見られる「権現造(八棟造)」の美や、神使とされる「臥牛(がぎゅう)」の伝承、豊臣秀吉による「北野大茶湯」の逸話など、多角的な視点でその神域の魅力を描き出しています。

 

梨木神社

 

本稿は2008年5月13日、京都御苑に隣接する梨木神社を訪問した際の記録です。幕末の動乱期に活躍した公卿・三条実萬と三条実美父子を祭神とする本神社の成り立ちを、廷臣八十八卿列参事件や安政の大獄、そして「七卿落ち」から明治新政府の首班に至る激動の政治史とともに詳述しています。かつての三条邸跡(梨木町)に創建された経緯や、近代社格制度における「別格官幣社」の解説、さらには御所三名水の一つに数えられる「染井(そめい)」の由緒など、歴史と信仰の両面から梨木神社の佇まいを格調高く考察しています。

 

平安神宮

 

本稿は2008年5月12日、京都市左京区に鎮座する「平安神宮(へいあんじんぐう)」を訪れた際の記録です。明治28年(1895)、平安遷都1100年を記念して創建された同神宮の歴史的背景を詳述。明治維新後の京都の衰退を打破しようとした地元の情熱や、建築史家・伊東忠太と宮廷建築家・木子清敬による設計の舞台裏に迫ります。平安京の朝堂院を約8分の5スケールで復元した「大極殿」や、独特な楼閣建築である「蒼龍楼」「白虎楼」の復元を巡る考証、そして時代祭の運営に至るまで、近代京都の再生を象徴する壮大なプロジェクトの全容を考察しています。

 

八坂神社

 

本稿は2008年5月12日に八坂神社を訪問した時の訪問記です。早朝の祇園から、全国に広がる八坂神社の総本社へと足を運びました。斉明天皇の時代に遡る創建の由緒や、牛頭天王と素戔嗚尊が習合した祇園信仰の変遷を辿ります。神仏分離令による祭神の変化、疫病退散を願う御霊信仰の象徴としての祇園祭、そして仏寺建築の名残を留める「祇園造」の本殿建築など、歴史の深層に触れつつ、東山の産土神として今なお篤い信仰を集める同社の全容を記しています。

 

藤森神社

 

本稿は2008年5月11日に藤森神社を訪問した時の訪問記です。醍醐寺を後にし、伏見の地に鎮座する古社を訪ねました。神功皇后による創建伝承に始まり、歴史の荒波の中で合祀を繰り返してきた同社の複雑な変遷を辿ります。特に、伏見稲荷大社との間に伝わる「土地貸し」の伝承や、西殿に祀られた早良親王ら怨霊信仰の側面、さらには現存最古の賢所遺構である本殿の価値に触れ、勝運と学問の神として崇敬される由緒を記しています。

 

宇治上神社

 

本稿は2008年05月11日に、世界遺産であり日本最古の神社建築を擁する「宇治上神社(うじがみじんじゃ)」を訪問した際の記録です。「さわらびの道」にひっそりと佇む境内で、1060年頃の建築とされる国宝・本殿の「覆屋(おおいや)」構造や、平安時代の寝殿造りの様式を今に伝える国宝・拝殿の優美な屋根曲線(縋破風)を建築学的視点から鋭く考察しています。現存唯一の宇治七名水「桐原水(きりはらすい)」の清冽な響きや、斜面を利用した巧みな伽藍配置がもたらす演出効果に触れ、質朴ながらも平安の余香を色濃く留める聖域の真価を、深い洞察力をもって記述しております。

 

宇治神社

 

本稿は2008年05月11日に、宇治川右岸に鎮座し、古くは「離宮下社」として宇治上神社と一体であった「宇治神社(うじじんじゃ)」を訪問した際の記録です。祭神である菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)が、兄である仁徳天皇に皇位を譲るために自ら命を絶ったという悲劇的かつ高潔な『日本書紀』の伝承を軸に、かつての離宮「菟道宮(うじのみや)」の跡地とされる聖域の歴史を紐解きます。平安時代には平等院の鎮守社として、また藤原氏の庇護下で華やかな「離宮祭」が執り行われた宇治の産土神としての誇りと、明治期の分社を経て今日に至るまでの変遷を格調高く記述しております。

 

縣神社

 

本稿は2008年05月11日に、平等院の鎮守社として知られ、宇治の地主神を祀る「縣神社(あがたじんじゃ)」を訪問した際の記録です。祭神である木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)にまつわる「吾田(あた)」の地名由来や、平安時代の『蜻蛉日記』に描かれた歴史的背景を紐解きます。藤原頼通による平等院建立以前から続く古社としての格式と、毎年6月に執り行われる「暗闇の奇祭」として名高い縣祭(あがたまつり)の神秘的な様相に焦点を当て、宇治の精神文化の深層を格調高く記述しております。

 
 

アーカイブ

カレンダー

2026年6月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

最近の投稿

カテゴリー