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霊山墓地(りょうぜんぼち) 2008年05月16日訪問 霊山墓地 二寧坂の角の翠紅館の敷地にある京懐石の京大和を右手に見ながら、霊山を上る道を進むと、道の右側に5本の碑が車止めのように建っている。左側から見ていくと木戸 […]
本稿は2008年05月11日に、鳥羽・伏見の戦い(戊辰戦争)における激戦地・千両松での戦死者を祀る「八番楳木(はちばんうめき)東軍戦死者埋骨地」を訪問した際の記録です。慶応4年(1868年)1月5日、新選組や会津藩別選隊が壊滅的な打撃を受けた「千両松の戦い」の歴史的背景を詳述しています。氏名不詳のまま葬られた多くの旧幕府軍兵士たちの悲哀や、昭和45年に建立された慰霊碑に刻まれた「一瞬の時差により(官軍か幕軍か分かれた)」という客観的かつ情けある歴史認識に着目しています。また、京都競馬場の拡張工事に伴う「新選組の幽霊騒動」と供養のエピソードを交え、今なおこの地に漂う動乱期の記憶を格調高く記述しております。
本稿は2008年05月10日に「鳥羽伏見戦防長殉難者之墓」を訪問した際の訪問記です。仲恭天皇陵の参道脇に広がるこの墓所には、幕末の鳥羽・伏見の戦いで散った振武隊参謀・石川厚狭介ら長州藩士49名が眠っています。東福寺を本陣として伏見方面を守備した長州藩の戦跡を辿りつつ、大政奉還から戊辰戦争開戦に至る激動の歴史的背景を詳述しています。鎌倉時代の廃帝である仲恭天皇の陵墓と、幕末の殉難者の墓地が、時空を超えて一つの聖域の中に整然と共存する特異な空間構成と、伏見の街を見下ろす高台としてのロケーションの意義を格調高く記述しております。
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