徘徊の旅の中で巡り合った名所や史跡などの「場所」を文書と写真と地図を使って保存するブログ

タグ:茶道宗家

表千家 不審菴 その2

 

表千家 不審菴(おもてせんけ ふしんあん)その2 2010年1月17日訪問 表千家 不審菴紀州藩より文政8年(1825)に拝領された長屋門  表千家 不審菴では、千少庵の大徳寺門前屋敷と二条屋敷に設けられた茶室について書 […]

 

表千家 不審菴

 

表千家 不審菴(おもてせんけ ふしんあん)2010年1月17日訪問 表千家 不審菴  裏千家 今日庵では、千利休切腹後に家名断絶となった千家が再興し、表千家、裏千家そして武者小路千家に分かれていった経緯について記した。こ […]

 

裏千家 今日庵

 

裏千家 今日庵(うらせんけ こんにちあん)2010年1月17日訪問 裏千家 今日庵 兜門  水火天満宮のある天神公園から小川通を南に下ると最初に現れるのが裏千家である。表千家と裏千家は、この小川通の東側に並んで建っている […]

 

表千家と裏千家

 

本稿は2008年5月13日、京都・小川通に並び立つ茶道の本山「表千家」と「裏千家」を訪れた際の記録です。千利休による「わび茶」の大成と、織田信長・豊臣秀吉という時の権力者との緊張感に満ちた関係、そして利休の切腹という悲劇を経て、孫の千宗旦がいかにして千家を再興・継承させたかの歴史を詳述しています。宗旦が究極のわびの空間として構築した「不審菴(ふしんあん)」と、隠居所に設けた「今日庵(こんにちにあん)」の成り立ち、そして三人の息子たちによって「三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)」が成立した経緯を、茶室の構造や精神性と重ね合わせて描き出しています。

 
 

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