徘徊の旅の中で巡り合った名所や史跡などの「場所」を文書と写真と地図を使って保存するブログ

京都御所 その2

 

本稿は、京都御所参観記の続編として、主要殿舎以外の門や車寄、そして広大な庭園に焦点を当てた2008年5月13日の記録です。公卿が参内した「宣秋門」や「御車寄」、身分に応じた控えの間である「緒大夫の間」など、宮廷社会の厳格な階級構造を反映した建築遺構を詳述。さらに、大正御大礼で新設された「新御車寄」や「春興殿」にも触れ、近代における御所の変容を辿ります。後半では、建物と対照的なゆとりを見せる「御池庭」や、生活空間に寄り添う「御内庭」の作庭意匠を観察し、自然景観と建築美が調和する皇宮の深奥を丁寧に描き出しています。

 

京都御所

 

本稿は2008年5月13日、五百年以上にわたり皇居とされた「京都御所」を参観した際の記録です。平安京の当初の内裏から、北朝の光厳天皇が即位した里内裏「土御門東洞院殿」を基盤とする現在の地へと定着した歴史的変遷を詳述しています。江戸時代末期の安政2年(1855年)に再建された現存の殿舎群を中心に、平安の古制を追求した「紫宸殿」や「清涼殿」の復古的意匠と、そこに混在する江戸時代の建築技術(禅宗様の影響など)について鋭く考察。また、儀式の場としての正殿から、書院造へと移行した生活空間の「常御所」、歴史的な小御所会議の舞台となった「小御所」まで、朝廷の権威と日常が同居する壮大な建築空間を多角的に描き出しています。

 

丸太町十二段家

 

本稿は2008年5月13日、京都御苑近傍の「丸太町十二段家」を訪れた際の食記です。仙洞御所と京都御所の参観の合間、旅の昼食として選ばれた「元祖お茶漬け」の魅力を紹介しています。看板メニューの出し巻き玉子のボリュームと温かな味わい、そしてお櫃で供されるご飯と多彩な季節の漬物。一膳目はそのままで、二膳目からはほうじ茶をかけて頂くという、京都らしい簡素ながらも贅を尽くした食体験を綴っています。また、屋号の由来が歌舞伎『忠臣蔵』に因むことや、祇園の十二段家本店との歴史的経緯についても触れ、京都の食文化の奥深さを描き出しています。

 

仙洞御所 その2

 

本稿は、仙洞御所参観記の後半として、南池の景観美と、この庭園に深い愛着を注いだ後水尾上皇の生涯を、江戸幕府との峻烈な政治的対立の歴史とともに紐解く記録です。猪熊事件や紫衣事件、春日局の無位無官での参内といった「朝廷の権威失墜」を狙う幕府の干渉に対し、譲位や落飾をもって抵抗し続けた上皇の不屈の精神を詳述。庭園においては、光琳の屏風絵を彷彿とさせる「八ツ橋」や、小田原から運び込まれた11万1千個の平石が敷き詰められた「洲浜(一升石)」、そして李白の詩に由来する茶亭「醒花亭(せいかてい)」など、人工と自然が高度に融合した「寛永・寛文文化」の精華を、緻密な観察眼で描き出しています。

 

仙洞御所

 

本稿は2008年5月13日、京都御苑内に位置する「仙洞御所(せんとうごしょ)」を参観した際の記録です。退位した上皇の御所を意味する「仙洞」の語源から説き起こし、寛永4年(1627年)の後水尾上皇による造営から幕末の焼失に至る歴史を詳述しています。特に、作庭の名手・小堀遠州が当初手がけた「バロック的」とも評される直線的・人工的な意匠と、そのわずか30年後、自然との調和を重んじた後水尾上皇自身による大規模改修を経て現在の姿へと至った変遷に注目。北池の豊かな自然美や、近衛家から移築された茶室「又新亭(ゆうしんてい)」、紀貫之邸跡の伝承が残る「阿古瀬淵」など、広大な庭園に潜む歴史の重層性を描き出しています。

 

京都御苑 閑院宮邸

 

本稿は2008年5月13日、京都御苑の南西角に位置する「閑院宮邸(かんいんのみやてい)」を訪れた際の記録です。新井白石の建言と東山天皇の意向により、皇統断絶を防ぐ「四世襲親王家」の一つとして享保年間に創設された閑院宮家の歴史を詳述しています。明治以降、裁判所や宮内省京都支庁、環境庁事務所へと変遷を遂げた数奇な運命を辿りつつ、2006年に完了した大規模改修による現在の姿を考察。江戸時代の公家屋敷の面影を残す広大な回廊や、発掘調査に基づき慎重に「復元」された芝生と池の庭園など、保存と活用の狭間に立つ歴史的遺構のあり方を格調高く綴っています。

 

新島襄旧邸

 

本稿は2008年5月13日、京都・寺町通に位置する「新島襄旧邸」を訪ねた際の記録です。同志社英学校の創立者・新島襄の波乱に満ちた生涯を、函館からの密出国、アメリカでの日本人初の学士号取得、そして岩倉使節団への同行といった歴史的足跡とともに詳述しています。同時期に渡米し客死した福井藩士・日下部太郎の悲劇と対比させながら、明治という新しい時代を切り拓いた若者たちの熱量に光を当てています。また、明治11年(1878)竣工の旧邸が持つ和洋折衷の建築的特徴や、妻・八重と京都府立鴨沂高等学校(旧・女紅場)との意外な縁についても、情緒豊かに考察しています。

 

梨木神社

 

本稿は2008年5月13日、京都御苑に隣接する梨木神社を訪問した際の記録です。幕末の動乱期に活躍した公卿・三条実萬と三条実美父子を祭神とする本神社の成り立ちを、廷臣八十八卿列参事件や安政の大獄、そして「七卿落ち」から明治新政府の首班に至る激動の政治史とともに詳述しています。かつての三条邸跡(梨木町)に創建された経緯や、近代社格制度における「別格官幣社」の解説、さらには御所三名水の一つに数えられる「染井(そめい)」の由緒など、歴史と信仰の両面から梨木神社の佇まいを格調高く考察しています。

 

廬山寺

 

本稿は2008年5月13日、京都・寺町通に位置する廬山寺を訪問した際の記録です。元三大師良源による創建から、織田信長の比叡山焼き討ちを免れた歴史、そして光格天皇による仙洞御所移築といった皇室との深い繋がりを詳述しています。特に、1965年に判明した「紫式部邸宅跡」としての側面に焦点を当て、式部が『源氏物語』を執筆した地であることを称える「源氏庭」の枯山水や桔梗の風情を考察。さらに、光格天皇の実父・典仁親王の御陵や、秀吉が築いた「御土居」の遺構など、平安から近世に至る歴史の重層性を描き出しています。

 

祇園・先斗町の町並み

 

本稿は2008年5月12日の夜、京都を代表する花街である先斗町と祇園を散策した際の記録です。鴨川の護岸工事から始まった先斗町の成り立ちや、その独特な地名の由来(ポルトガル語説や鼓の音説)について触れつつ、石畳の細い路地にひしめく料亭や茶屋の風情を描写しています。また、八坂神社の門前町として栄えた祇園の歴史的背景や、伝統的建造物群保存地区としての景観保全についても言及。深夜の散策の締めくくりに、京都で希少な「四つ葉のタクシー」に遭遇するという幸運なエピソードを添えた、情緒豊かな紀行文です。

 
 

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