泉涌寺 月輪陵
泉涌寺 月輪陵(せんにゅうじ つきのわのみささぎ) 2008/05/10訪問
Overview
This report documents a visit to Tsukinowa-no-misasagi, the Imperial Mausoleum located within Sennyu-ji Temple, on May 10, 2008. This sacred site serves as the final resting place for many Emperors, including Emperor Shijo from the Kamakura period and most Emperors from the Edo period, starting with Emperor Go-Mizunoo. While the inner sanctum remains a restricted area, visitors can admire the serene white sand forecourt and the elegant Karahafu-style gate. The mausoleum is characterized by its unique stone pagodas, and the site stands as a profound symbol of the long-standing connection between the Imperial Family and Sennyu-ji Temple.
概要
本稿は2008年05月10日に泉涌寺の月輪陵を訪問した時の訪問記です。皇室の菩提寺として知られる泉涌寺の霊明殿東側に位置する月輪陵は、鎌倉時代の四條天皇をはじめ、江戸時代の後水尾天皇から仁孝天皇に至るまでの歴代天皇・皇族が静かに眠る聖域です。白砂が広がる前庭から望む唐破風門の奥には、九重塔などが整然と並ぶ神聖な光景が広がっています。本稿では、禁足地としての厳かな佇まいと、現代の技術によって可視化された陵墓の全容、そして隣接する歴代長老の墓所についても触れ、連綿と続く歴史の深淵を記述しております。
霊明殿の東側に月輪陵は位置する。
霊明殿の唐門の前を過ぎ、左手に曲がると月輪陵の前庭となる白砂が目に入ってくる。
陵に埋葬されている諸帝の御名の解説と手水舎がある。
宮内庁の天皇陵サイトによると月輪陵には次の天皇が祀られている。
四條(しじょう)天皇 87代 月輪陵(つきのわのみささぎ) 後水尾(ごみずのお)天皇 108代 〃 明正(めいしょう)天皇 109代 〃 後光明(ごこうみょう)天皇 110代 〃 後西(ごさい)天皇 111代 〃 霊元(れいげん)天皇 112代 〃 東山(ひがしやま)天皇 113代 〃 中御門(なかみかど)天皇 114代 〃 櫻町(さくらまち)天皇 115代 〃 桃園(ももぞの)天皇 116代 〃 後櫻町(ごさくらまち)天皇 117代 〃 後桃園(ごももぞの)天皇 118代 〃 光格(こうかく)天皇 119代 後月輪陵(のちのつきのわのみささぎ) 仁孝(にんこう)天皇 120代 〃
鎌倉時代の四條天皇を除くと江戸時代初期の後水尾天皇からほぼ終期までの天皇がここに祀られていることが分かる。
白砂の先は禁足地となっており、立ち入ることはかなわない。石段の先に唐破風門と塀があることより、一段高いところに陵墓のあることは推測できる。
先の宮内庁のサイトによると陵形は九重塔(および石造八角塔)とあるので九重塔や石塔が整然と並ぶ聖域である。
泉涌寺の伽藍拝観時にもらったパンフレットの裏面の伽藍全景図に、月輪陵の全容が収められている。普段見慣れない非日常的な景色がそこにある。またGoogle Mapの航空写真からも同じ光景を確認できる。神聖な天皇陵も可視化される世の中となっている。
泉涌寺の説明によるとこの月輪陵の東南に泉涌寺の歴代長老の墓所があるらしい。中央小堂内に開山月輪大師の無縫塔が祀られている。鎌倉時代最古のもので、北に並ぶ2基をはじめ、各時代の無縫塔40余基が左右に整然と並ぶ聖域とある。
後堀河(ごほりかわ)天皇 86代 觀音寺陵(かんおんじのみささぎ) 孝明(こうめい)天皇 121代 後月輪東山陵(のちのつきのわのひがしのみささぎ)
が月輪陵に隣接して営まれている。









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