京都御苑
京都御苑(きょうとぎょえん) 2008/05/13訪問
Overview
This article reflects on a stroll through the Kyoto Gyoen National Garden on May 13, 2008. By examining the “Dairi-zu” (Map of the Imperial Palace) from 1863, the author illustrates how this area was once a densely populated district of court noble residences. Following the capital’s move to Tokyo in 1869, the area faced decline until Emperor Meiji ordered its preservation, leading to its transformation into a scenic park. The narrative details the garden’s evolution from a restricted imperial ground to a National Garden open to the public after World War II. It also explains the modern administrative structure involving the Ministry of the Environment and the Imperial Household Agency, while highlighting the nine historic gates that remain as vestiges of its prestigious past.
概要
本稿は2008年5月13日、京都の都心に広がる巨大な緑地「京都御苑(きょうとぎょえん)」を散策した際の記録です。幕末の「内裏圖(だいりず)」を紐解き、かつて200以上の公家邸宅がひしめき合っていた「公家町」の歴史的景観を解説。明治の東京遷都による荒廃から、明治天皇の御沙汰による内裏保存事業、そして大正大礼に向けた整備を経て、現在の「国民公園」へと至る変遷を辿っています。宮内庁、内閣府、環境省が複雑に管理を分担する現在の運営形態や、240年以上の歴史を刻む九門の現況など、都市公園でありながら皇室文化の象徴でもある御苑の多層的な魅力を描き出しています。
京都御所の参観後、京都御苑内を散策しながら、烏丸今出川の方向へ向かう。
国際日本文化研究センターが所蔵している文久3年(1863)作成の内裏圖を見ることで、幕末の京都御所周辺の状況は想像できる。この内裏圖の外郭線として北に今出川通、南に丸太町通、西に烏丸通、そして東に寺町通を描くことで公家町の範囲を限っている。これは現在の京都御苑とほぼ同じ範囲であることが分かる。そして京都御所と仙洞御所を除くほぼ大部分が、大小の区画に分割され公家の邸宅が建てられていた。
しかし明治2年(1869)天皇が東京へ移ると、冷泉家など一部の公家を除く大多数は天皇とともに東京に移り住むこととなった。そのため公家屋敷も住み手がなくなり、次第に荒廃していった。明治10年(1877)京都に還幸された明治天皇がこの状況を目にし、京都府に御所の保存・旧観を維持する御沙汰を下した。京都府は直ちに、九条家の茶室である拾翠亭などの一部を除き、ほぼ全ての公家屋敷の撤去に取り掛かった。外周石垣土塁工事、苑路工事を行い、樹木植栽等の内裏保存事業を開始し、明治16年(1883)当初の予定より早くに工事は完了した。この後、御苑の管理は京都府から宮内省に引き継がれるが、整備は継続され、ほぼ現在の京都御苑の姿が整ったのは大正大礼のために建礼門前大通りの拡幅改良等の改修工事が行われた大正4年(1915)のことであった。
終戦後の昭和22年(1947)京都御苑は、新宿御苑や皇居外苑とともに、国民公園とすることが閣議決定され、昭和24年(1949)厚生省の管理運営のもとに、由緒ある沿革を尊重するとともに、国民庭園として広く国民に開放し利用することとなった。さらに昭和46年(1971)7月、環境庁が発足すると、国民公園の管理は自然保護行政とともに環境庁に移り、従来からの御所の前庭としての景観維持や都市公園的な役割に加え、大都市の中の広大な緑地としての自然環境を保全し、自然とのふれあいを推進していくという新たな役割が重視されるようになった。
そのため現在、宮内庁の施設である京都御所、大宮御所と仙洞御所そして新たに作られた内閣府の施設である京都迎賓館を除く、京都御苑の管理は環境省が行っている。
現在確認できるところ、京都御苑には九箇所の御門と五箇所の切通しから入ることができる。京都御苑に残る御門は、南に堺町御門、西に下立売御門・蛤御門・中立売御門・乾御門の四つ、北に今出川御門、東に石薬師御門、清和院御門、寺町御門の三つで計九つとなる。これらの門は24時間開放されているため、もちろん閉苑時間はない。東西七百メートル、南北千三百メートルと広大な敷地であるため、苑路も一部生活道路と化している。
「京都御苑」 の地図
京都御苑 のMarker List
| No. | 名称 | 所在地 | 緯度 | 経度 |
|---|---|---|---|---|
| 01 | ▼ 京都御所 紫宸殿 | 京都市上京区京都御苑内 | 35.0241 | 135.7621 |
| 02 | 大宮御所 | 35.0224 | 135.765 | |
| 03 | ▼ 仙洞御所 | 京都市上京区京都御苑内 | 35.0206 | 135.7662 |
| 04 | ▼ 拾翠亭 | 京都市上京区京都御苑内 | 35.0177 | 135.7617 |
| 05 | ▼ 京都御苑 閑院宮邸 | 京都市上京区京都御苑3 | 35.0181 | 135.7601 |
| 06 | ▼ 京都御苑 堺町御門 | 京都市上京区京都御苑 | 35.0177 | 135.7631 |
| 07 | ▼ 京都御苑 下立売御門 | 京都市上京区京都御苑 | 35.0194 | 135.7595 |
| 08 | ▼ 京都御苑 蛤御門 | 京都市上京区京都御苑 | 35.0231 | 135.7595 |
| 09 | ▼ 京都御苑 中立売御門 | 京都市上京区京都御苑 | 35.025 | 135.7596 |
| 10 | ▼ 京都御苑 乾御門 | 京都市上京区京都御苑 | 35.0274 | 135.7596 |
| 11 | ▼ 京都御苑 今出川御門 | 京都市上京区京都御苑 | 35.0289 | 135.7623 |
| 12 | ▼ 京都御苑 石薬師御門 | 京都市上京区京都御苑 | 35.0277 | 135.7667 |
| 13 | ▼ 京都御苑 清和院御門 | 京都市上京区京都御苑 | 35.0232 | 135.7668 |
| 14 | ▼ 京都御苑 寺町御門 | 京都市上京区京都御苑 | 35.0199 | 135.7669 |













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