徘徊の旅の中で巡り合った名所や史跡などの「場所」を文書と写真と地図を使って保存するブログ

アーカイブ:2009年 6月 21日

丸太町十二段家

 

本稿は2008年5月13日、京都御苑近傍の「丸太町十二段家」を訪れた際の食記です。仙洞御所と京都御所の参観の合間、旅の昼食として選ばれた「元祖お茶漬け」の魅力を紹介しています。看板メニューの出し巻き玉子のボリュームと温かな味わい、そしてお櫃で供されるご飯と多彩な季節の漬物。一膳目はそのままで、二膳目からはほうじ茶をかけて頂くという、京都らしい簡素ながらも贅を尽くした食体験を綴っています。また、屋号の由来が歌舞伎『忠臣蔵』に因むことや、祇園の十二段家本店との歴史的経緯についても触れ、京都の食文化の奥深さを描き出しています。

 

仙洞御所 その2

 

本稿は、仙洞御所参観記の後半として、南池の景観美と、この庭園に深い愛着を注いだ後水尾上皇の生涯を、江戸幕府との峻烈な政治的対立の歴史とともに紐解く記録です。猪熊事件や紫衣事件、春日局の無位無官での参内といった「朝廷の権威失墜」を狙う幕府の干渉に対し、譲位や落飾をもって抵抗し続けた上皇の不屈の精神を詳述。庭園においては、光琳の屏風絵を彷彿とさせる「八ツ橋」や、小田原から運び込まれた11万1千個の平石が敷き詰められた「洲浜(一升石)」、そして李白の詩に由来する茶亭「醒花亭(せいかてい)」など、人工と自然が高度に融合した「寛永・寛文文化」の精華を、緻密な観察眼で描き出しています。

 

仙洞御所

 

本稿は2008年5月13日、京都御苑内に位置する「仙洞御所(せんとうごしょ)」を参観した際の記録です。退位した上皇の御所を意味する「仙洞」の語源から説き起こし、寛永4年(1627年)の後水尾上皇による造営から幕末の焼失に至る歴史を詳述しています。特に、作庭の名手・小堀遠州が当初手がけた「バロック的」とも評される直線的・人工的な意匠と、そのわずか30年後、自然との調和を重んじた後水尾上皇自身による大規模改修を経て現在の姿へと至った変遷に注目。北池の豊かな自然美や、近衛家から移築された茶室「又新亭(ゆうしんてい)」、紀貫之邸跡の伝承が残る「阿古瀬淵」など、広大な庭園に潜む歴史の重層性を描き出しています。

 
 

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