徘徊の旅の中で巡り合った名所や史跡などの「場所」を文書と写真と地図を使って保存するブログ

アーカイブ:2009年 5月

平安神宮

 

本稿は2008年5月12日、京都市左京区に鎮座する「平安神宮(へいあんじんぐう)」を訪れた際の記録です。明治28年(1895)、平安遷都1100年を記念して創建された同神宮の歴史的背景を詳述。明治維新後の京都の衰退を打破しようとした地元の情熱や、建築史家・伊東忠太と宮廷建築家・木子清敬による設計の舞台裏に迫ります。平安京の朝堂院を約8分の5スケールで復元した「大極殿」や、独特な楼閣建築である「蒼龍楼」「白虎楼」の復元を巡る考証、そして時代祭の運営に至るまで、近代京都の再生を象徴する壮大なプロジェクトの全容を考察しています。

 

満願寺

 

本稿は2008年5月12日に、京都市左京区にある日蓮宗「満願寺(まんがんじ)」を訪問した際の記録です。現在は閑静な住宅街に佇む同寺ですが、その由緒は平安時代に菅原道真の霊夢を見た多治比文子(たじひのあやこ)にまで遡り、北野天満宮の創建に関わる「文子天神」を鎮守として祀っています。また、境内には法勝寺執行・俊寛僧都の住居跡と伝わる「閼伽井(あかい)」があり、平安後期の悲劇的な歴史を今に伝えています。江戸時代に日蓮宗へと改宗し、洛陽十二支妙見巡りの一つ(辰の方位)としても信仰を集めるなど、天神信仰、法勝寺の遺構、妙見信仰という重層的な歴史が交差する境内の様子を記した記録です。

 

白河院

 

本稿は2008年5月12日に、京都市左京区の「白河院(しらかわいん)」を訪問した際の記録です。この地は平安時代、藤原良房の別荘「白河殿」から始まり、後に白河天皇に献上されて院政の舞台、さらには巨大な九重塔を誇った「法勝寺」の寺域となった歴史的重層性を持つ場所です。現在の建物と庭園は、大正8年(1919)に下村忠兵衛の邸宅として、武田五一の設計、七代目小川治兵衛(植治)の作庭により再興されたものです。私立学校教職員共済組合の宿泊施設となった現代において、往時の院政期への追憶と、植治による近代名園の成熟した姿を、歴史的背景を交えて記した記録です。

 

洛翠

 

本稿は2008年5月12日に、南禅寺界隈別荘群の一つである「洛翠(らくすい)」を訪問した際の記録です。明治42年(1909)、藤田財閥の藤田小太郎邸として名匠・七代目小川治兵衛により作庭されたこの庭園は、施主が手がけた琵琶湖の航路事業を象徴するかのように、池全体を「琵琶湖」に見立てた独創的な構成を持っています。伏見城の遺構と伝わる「不明門」や中国伝来の「画仙堂」など、歴史的建築物が点在する中、琵琶湖疏水を引き込んだ躍動感あふれる水系が庭を貫きます。訪問直後の2009年に保養施設としての役目を終え閉鎖された、近代京都庭園の貴重な一場面を記した記録です。

 

瓢亭

 

本稿は2008年5月12日に、京都を代表する料亭の一つである南禅寺「瓢亭(ひょうてい)」を訪問した際の記録です。江戸初期に南禅寺参道の腰掛茶屋として創業し、400年の歴史を紡いできた同店の成り立ちを辿ります。名所図会にも記された名物「瓢亭玉子」の由来や、わらじが掛けられた風情ある店構え、無鄰菴から引き込まれた琵琶湖疏水が流れる庭園など、門前茶屋から発展した独自の様式美を詳述しました。伝統を守りつつ、旦那衆の遊び心から生まれた「朝がゆ」など、京都の食文化の一翼を担う名店の魅力を記した記録です。

 

無鄰菴

 

本稿は2008年5月12日に、明治の元老・山縣有朋の別邸である無鄰菴を訪問した際の記録です。長州藩の低い身分から軍、政の頂点へと登り詰め、日本近現代史に巨大な足跡を遺した山縣の生涯と、その「普請道楽」としての文化的側面を重ね合わせて考察しています。南禅寺の旧寺領に、琵琶湖疏水の水を引き込んで造られたこの庭園は、施主である山縣自身の設計思想を、名匠・小川治兵衛が具現化した近代日本庭園の傑作です。東山を借景とした開放的な芝生の空間や、日露戦争前夜の外交方針を決定した「無鄰菴会議」の舞台である洋館など、歴史の転換点となった場所の風情を記した記録です。

 

南禅寺 塔頭

 

本稿は2008年5月12日に南禅寺を訪問した際、境内に点在する塔頭(たっちゅう)寺院を巡った記録をまとめたものです。南禅寺には、亀山法皇の離宮跡に建つ別格扱いの「南禅院」を含め、実質的に13の塔頭が存在します。江戸幕府の要職を担った以心崇伝ゆかりの「金地院」、細川幽斎が再興し長谷川等伯の襖絵を伝える「天授庵」、名物湯豆腐のルーツに繋がる「聴松院」、さらには怨霊伝説の残る「最勝院(高徳庵)」など、各寺院が持つ由緒、名園、そして足利将軍家や皇室との深い関わりを、古図面(都林泉名勝図会等)と照らし合わせながら包括的に解説しています。

 

南禅寺 金地院

 

本稿は2008年5月12日に南禅寺金地院を訪問した時の訪問記です。江戸幕府の幕政と宗教行政を一手に担い、「黒衣の宰相」と恐れられた以心崇伝の拠点である同院の歴史を辿ります。徳川家康の側近として諸法度の起草や方広寺鐘銘事件、紫衣事件に関与し、絶大な権力を握った崇伝の足跡を、僧録職の変遷と共に詳述しました。小堀遠州作の「鶴亀の庭」、伏見城の遺構と伝わる方丈、そして家康を祀る東照宮など、政治的権威と芸術的意匠が高度に融合した伽藍の構成について、当時の外交・行政的背景を交えて記した記録です。

 

南禅寺 天授庵

 

本稿は2008年5月12日に南禅寺の開山塔である天授庵を訪問した時の訪問記です。南禅寺開山・無関普門禅師を祀るために暦応3年(1337)に開創された同庵の、波乱に満ちた興亡の歴史を辿ります。応仁の乱による荒廃を経て、慶長7年(1602)に細川幽斎の手によって再興された伽藍と、その意向が色濃く反映された庭園に焦点を当てました。白砂に直線的な敷石が走る枯山水の本堂前庭と、鎌倉末期の面影を留め新緑に包まれた池泉回遊式の書院南庭という、対照的な二つの名園が織りなす静謐な空間について記しています。

 

南禅寺 南禅院

 

本稿は2008年5月12日に南禅寺発祥の地である南禅院を訪問した時の訪問記です。後嵯峨上皇が造営した離宮「禅林寺殿」の面影を今に伝える静謐な聖域を訪ねました。鎌倉時代の高僧であり、希代の作庭家としても知られる夢窓疎石の手による池泉回遊式庭園を中心に、その歴史的背景を考察しています。度重なる焼失を経て桂昌院の寄進により再建された総桧の方丈建築や、亀山法皇の御分骨を納めた御陵が佇む東山の山裾にて、新緑に包まれた中世の名園の風情を記した記録です。

 
 

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