徘徊の旅の中で巡り合った名所や史跡などの「場所」を文書と写真と地図を使って保存するブログ

アーカイブ:2009年 5月 04日

醍醐三宝院

 

本稿は2008年05月11日に、醍醐寺の本坊的な存在である「三宝院(さんぼいん)」を訪問した際の記録です。永久3年(1115年)の創建以来、足利尊氏や「黒衣の宰相」こと満済准三后ら時の権力者と深く関わってきた歴史を概観しています。特に、豊臣秀吉が自ら基本設計を行い、名工・賢庭らによって27年の歳月をかけて完成を見た「三宝院庭園」の構造を詳しく分析。天下人たちの手を渡り歩いた「藤戸石(天下石)」の流転の歴史や、加茂の三石、三段の滝といった意匠が織りなす桃山時代の華麗な様式美を詳述しています。撮影禁止という制約の中、表書院からの鑑賞、天下の三名棚の一つ「醍醐棚」、さらに村野藤吾にも影響を与えた図案的な苔庭の造形など、近世庭園・建築の粋を多角的に考察しております。

 

醍醐寺

 

本稿は2008年05月11日に、世界遺産にも登録されている真言宗醍醐派の総本山「醍醐寺(だいごじ)」を訪問した際の記録です。平安時代初期、理源大師聖宝による上醍醐の開山から始まり、歴代天皇の庇護を受けて下醍醐の大伽藍へと発展した歴史を紐解いています。応仁の乱による荒廃を経て、豊臣秀吉による「醍醐の花見」を契機に復興を遂げた経緯を記述。特に、府内最古の建造物であり、その黄金比とも言える均衡の取れた美しさが際立つ国宝・五重塔への深い考察を中心に、紀州から移築された金堂、朱塗りの弁天堂が映える最深部の池園など、広大な境内に点在する堂宇の数々と密教美術の極致を格調高く綴っております。

 

随心院

 

本稿は2008年05月11日に、山科区小野に位置する真言宗善通寺派の大本山「随心院(ずいしんいん)」を訪問した際の記録です。正暦2年(991年)、真言宗小野流の祖・仁海僧正によって開創された曼荼羅寺の塔頭を起源とし、中世には門跡寺院として栄えた歴史を紐解いています。母親の生まれ変わりの牛を供養した「牛皮山」の由来や、「雨僧正」と呼ばれた仁海の霊験、そして応仁の乱による焼失を経て九条家や二条家の寄進によって再興された伽藍の変遷を詳述しています。また、この地を本拠とした小野氏の系譜を整理し、絶世の美女・小野小町が晩年を過ごしたという伝説にまつわる数々の遺蹟や、桃山様式を伝える本堂、苔鮮やかな書院庭園の佇まいを格調高く記述しております。

 
 

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