徘徊の旅の中で巡り合った名所や史跡などの「場所」を文書と写真と地図を使って保存するブログ

アーカイブ:2009年 5月 03日

勧修寺

 

本稿は2008年05月11日に、山科区に位置する真言宗山階派の大本山「勧修寺(かじゅうじ)」を訪問した際の記録です。昌泰3年(900年)、醍醐天皇が母・藤原胤子の追善のために建立した歴史を持ち、代々法親王が入寺した宮門跡寺院としての気品あふれる佇まいを詳述しています。応仁の乱や豊臣秀吉による街道整備の影響で一時衰退するも、徳川吉宗との縁や皇室からの旧殿下賜により再興を遂げた経緯を紐解きます。水戸光圀公の寄進と伝わる「勧修寺型灯籠」が配された書院庭園や、平安時代の五穀豊穣占いの舞台となった「氷室の池」を中心とする広大な回遊式庭園など、自然の趣と宮廷文化の雅が融合した空間を、古地図との比較を交えつつ格調高く記述しております。

 

日野の町並み

 

本稿は2008年05月11日に、宇治から伏見へと続く史跡巡りの最終行程として、法界寺・日野誕生院から地下鉄石田駅へと至る「日野の町並み」を歩いた際の記録です。かつては藤原北家日野一族の本拠地であり、親鸞聖人が生を受け、鴨長明が庵を結んだ歴史深い「日野の里」の現状を報告しています。奈良街道との交点に残る古い道標や案内碑を辿りながら、中世政治を動かした日野家の権勢と、本願寺へと繋がる血縁の重層的な歴史を総括しています。一方で、急速な宅地化によって失われつつある往時の面影や、画一的な現代の家並みに飲み込まれた現在の街の姿を、紀行文らしい哀愁を込めた視点で記述しております。

 

日野誕生院

 

本稿は2008年05月11日に、浄土真宗の宗祖・親鸞聖人の生誕地として知られる「日野誕生院(ひのたんじょういん)」を訪問した際の記録です。かつて法界寺と一体であった境内に残る「産湯井(うぶゆのい)」や、子供の健やかな成長を願う習俗を伝える「胞衣塚(えなづか)」といった誕生の遺蹟を丹念に辿っています。また、足利将軍家の御台所を数多く輩出した名門・日野家の盛衰と親鸞の出自、そして江戸時代末期から昭和にかけて本願寺によって整備された寺院の歴史的経緯を紐解きます。比叡山延暦寺の根本中堂を彷彿とさせる回廊に囲まれた前庭や、中心性の高い空間構成を持つ本堂の意匠について、平安時代の浄土教建築の面影を投影したものとして深く考察しております。

 
 

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